Kappo 仙台闊歩

CULTURE 2020.07.19

【対談】真田啓介ミステリ論集『古典探偵小説の愉しみ』発売記念 真田啓介さんに聞く「本格探偵小説の魅力」

聞き手=土方正志(荒蝦夷)
構成・文=秋山仁(荒蝦夷)
写真=池上勇人

POINT

海外ミステリがお好きな読者ならご存知か、この30年ほど、日本では〈クラシック・ミステリ・ルネサンス〉とでもいうべきムーブメントが起きている。英米本格探偵小説の「黄金時代」──アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンを思い浮かべていただければ──と呼ばれる1920年代から1930年代にかけての日本未紹介だった傑作群が次々と翻訳され、いままで日本語で読めなくて悔しい思いをしていたかねてからの読者や、新たにクラシックのおもしろさを知った読者に歓迎されて、年末各社のミステリ・ベストテンにランクインする作品もあらわれるなど、ブームを超えて、いまや海外ミステリ読みの見逃せない定番となっている。 その〈クラシック・ミステリ・ルネサンス〉の立役者のひとりが仙台在住の探偵小説研究家・真田啓介さんだ。真田さんはブームの始まりから、クラシック・ミステリの巻末解説を手がけ、鋭い分析による緻密な評論でその魅力を世に伝え続けてきた。 このたび、その真田さんの評論群が『真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみ』全二巻(第一巻「フェアプレイの文学」と第二巻「悪人たちの肖像」)として、仙台の出版社〈荒蝦夷〉から集大成された。刊行を機に、真田さんと、編集を担当した〈荒蝦夷〉土方正志さんに、クラシック・ミステリの魅力について語り合っていただいた。 ※『Kappo 仙台闊歩』2020年7月号 vol.106より転載しました。

真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅠ フェアプレイの文学  四六判並製・464頁 4000円+税

真田啓介ミステリ論集 古典探偵小説の愉しみⅡ 四六判並製・464頁 4000円+税悪人たちの肖像

同人誌から評論家へ

真田さんの巻末解説は読めばわかる通り、通常の「解説」を超えた本格的な文芸評論となっていますが、真田さんがこのジャンルに惹かれるようになったのは東北大学在学中なんですね。

真田/大学時代から仙台のミステリ同人誌『謎謎』に参加したり、あるいは大学の文芸クラブで活動したり、いろいろとやりました。卒業して仙台市職員になってからも、神保町に出かけて古本屋さんをめぐり、各地のマニアと文通して入手困難な本を買ったり交換したり、給料の半分くらいはミステリ熱に消えていましたね。さらに個人誌『書斎の屍体』を出したり、同人活動は「ROM(Revisit Old Mistery)」や英作家レオ・ブルース好きの集まった「日本レオ・ブルース・ファンクラブ」とか、そこで知り合った人たちに刺激を受けて、英語に再チャレンジ、海外から原書を取り寄せて読むまでになって、同人誌に評論を書き始めたんです。ここまではいわば趣味の領域だったのですが、そこにクラシック・ミステリのブームです。お声がけいただいて解説を担当するようになりました。ただ、公務員ですからね、原書を取り寄せて資料を読み込んで、結構お金も手間もかかったのですが、原稿料は一切もらっていません。ボランティアです(笑)。

私も好きなジャンルなので、真田さんのお仕事、ほとんど同時進行で読んでいたのですが、単なる解説ではなくあれはもう論文です。ボリュームもスゴい。なるほどこの作品はここにおもしろさがあるのか、作者にはこんなバックグラウンドがあるのかと、真田さんの解説を読むとそこに紹介されているその作家のほかの作品も読みたくなる。それがまた未訳だったりすると悔しくて(笑)。いままでどれくらいの解説を手がけられましたか。

真田 /同人誌や同人出版(ROM叢書『英国古典探偵小説の愉しみ』)をのぞいて、いわゆる商業出版に解説を寄稿したのは33作品になります。

解説スタイル革命

真田さんのお仕事によって、海外ミステリの解説のスタイルそのものが変わったところもありますよね。たとえば、「多重解決」。ひとつの事件に対して複数の探偵役がそれぞれ合理的な解決を推理してみせる。さて、そのどれがホントの解決なのか、事件の真相なのか、推理合戦的なサスペンスの手法を、真田さんが「多重解決」と命名した。いまや、だれもが使う一般的なミステリ評論のタームとなりました。

真田 /あれは、もともとはイギリスのある評論家が使っていて、それに相当する日本語として「多重解決」としたので、完全な私のオリジナルではありません。だけど、まあ、日本語としては私のオリジナルかな。以後、あれよあれよとみなさんが使うようになって、びっくりしました。

もうひとつ真田さんの「発明」といえば、解説の途中に「本書の物語の細部に触れていますので、未読の方はご注意ください」と注意書きを付す、いわゆる「ネタばれ注意」がありますね。クラシック・ミステリに限らず、いまでは日本作品の文庫解説などでも見かける手法です。

真田 /本屋さんでまずは解説をのぞく人、多いんじゃないかと思います。ミステリの巻末解説にいきなり犯人の名前とか謎解きが書いてあったりしたら読者に対するルール違反です。だけど、文芸評論としてはどうか。結末まで含めて作品の価値を論じなければ、評論とはいえないのではないか。ずっとそんな疑問を持っていました。そこで、自ら解説に手を染めるようになって、この手法を使ったんです。本編を読んでいない人はここからは読まないでね、本編を読んでからこの解説を読んでねと、このスタイルならば、作品について自由に詳細に論じられる。気が付けば、これもみなさん一般的に使われるようになりましたね。

だけど、読者としていえば、真田さんの場合、解説を読んでから本編を読んでもそんなに違和感ないですよ。逆に、なるほどと読みが深まる。もちろんこれは本編を読んでから解説を読んでも、こちらが気付かなかったところが指摘されていて、やはり「なるほど」です。どころか、もういちど読んでみようかな、と。

真田 /いやいや、なにはともあれまずは本編を読んでください(笑)。

本格探偵小説の魅力

そんな真田さんにとって、古典探偵小説の魅力とはなんなのでしょう。

真田 /まずはフェアプレイの文学であるところです。作者がさまざまな手がかりを作中に仕掛けて、それを読者が追いかける。作者と読者の知恵くらべ、作者のパズルが上手くできていればいるほど、謎解きの意外さおもしろさに唸らされます。そして、犯人像です。「ブラウン神父」シリーズのチェスタトンが「犯人は芸術家、探偵は評論家」といった意味の言葉を残しています。犯人はなんとか嫌疑を逸らそうと独創的な知恵を凝らす芸術家で、それを解き明かす探偵は評論家、となると実はさいごに正体が明かされる犯人こそが作品の真の主役なのかもしれない。だからこそ、犯人像が、その動機がドラマを生みます。ここが上手く描けていないと、どんなに奇抜なトリックでも物語が精彩を欠いてしまう。そこで今回の評論集のタイトル、第一巻を「フェアプレイの文学」と、第二巻を「悪人たちの肖像」としました。

もうひとつ、推理の背後にある理知とか理性なども魅力ではありませんか。

真田 /そうですね、私たちの人生、本格探偵小説のように謎が割り切れるものではありません。けれども、これら小説のなかではきっちりと、あるいは美しく謎が解かれます。読者はそこにある種の慰安を、落ち着きを得るのではないか。もしかすると、本格探偵小説の醍醐味はここにある。東日本大震災や今回のコロナ禍、そんな日々にこそ読むに値するのではないかと思います。

クリスティーやクイーン、コナン・ドイルやジョン・ディクスン・カー、あるいは日本なら江戸川乱歩や横溝正史、みなさんご存知の作家と作品だけでなく、それ以外にもたくさんの傑作名作があります。真田さんの評論をきっかけに、そんな作品に興味を持っていただければ。

真田 /そうですね。

真田啓介ミステリ論集全2巻セット、好評発売中。
限定500部。各4000円+税

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荒蝦夷ホームページから

 

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