文=梅津文代(Kappo編集長)
作者のたなか亜希夫さんは1956年生まれ。中上健次作『南回帰船』、狩撫麻礼作『迷走王ボーダー』(ともに双葉社)、『軍鶏』(講談社)など、リアルな絵柄とハードボイルドな作風で知られる。『リバーエンド・カフェ』では初めて女性を主人公に据えた。現在、5巻まで発売中。
震災以降、どうしても3月は落ち着かない心持ちになる。
今年は阪神淡路大震災から25年、東日本大震災から9年とあってか、年明けから関連する記事やテレビ番組が多かったように思う。
3月3日発売の雑誌『漫画アクション』(双葉社)でも「漫画で考える災害」の特集を企画。
石巻を舞台にした連載『リバーエンド・カフェ』の第54話「石巻逍遥」では漂う風船を通して石巻のいまの風景が描かれた。
セリフはごく少なく、圧倒的な画力がサイレント映画のように読者を惹きつける。
さらに、福島・新地町の変化を描いた『うみべのふるさと』、自衛隊の災害派遣をテーマに据えた『ライジングサンR 番外編』の読切を掲載。
防災啓発のショート漫画もあり、こうした青年漫画誌には珍しい試みだ。
同誌に2017年から掲載されている『リバーエンド・カフェ』は石巻出身の漫画家、たなか亜希夫によるもの。
カフェを営む謎の中年マスターと地元の女子高生・入江サキを中心にした群像劇だ。
とはいえ、これは単に「被災地で頑張る人々の心温まる物語」ではない。
震災で両親を亡くしたサキは高校でヘビーないじめに遭い、後見人の叔母は保険金を持ってチンピラと一緒に失踪。
安易な癒しや救いはなく、どのキャラクターも一筋縄ではいかない。
刑務所帰りの怪しい占い師にブルーフィルムを隠し持つエロ爺、時には不気味な洞窟で出会った“人ならぬモノ”やコロボックルのような妖精の中年一家も登場する。
さらに石巻の彫刻家・高橋英吉や雄勝石のスレートなど地元にまつわるエピソードが挟まれ、街と人の物語に奥行きと幅広さを与えている。
リアルな石巻を背景にした悲喜こもごもの挿話は、性と死と暴力の匂いをまといつつも、小さな光や希望を浮かび上がらせる。
その象徴が、3巻で「真っ暗闇の中――」「仄かな灯火が――」「片隅を照らしている――」と表現される“ブルースの女帝”ベッシー・スミスの歌だ(蛇足ながら、この言葉は天台宗の開祖、最澄の「一隅を照らす、これ即ち国宝なり」を彷彿させる)。
力を持たない者たちの哀歌が、深く傷ついたサキの心に染みていくシークエンスが美しい。
そして最新刊の5巻では、被災地を巡業し続ける演歌歌手・永巌寺ひろこに促され、サキ自身が初めてマイクの前に立つ。彼女が歌い出すまでの葛藤を独創的な方法で見せる手腕にも注目だ。
虚実織り交ぜた世界の中で、物語はコミカルとシビアを自在に行き来する。
漫画にしかなしえない表現の先に、サキとマスターがどのような人生を歩んでいくのか。
音楽とコーヒーを傍らに、次巻を楽しみに待ちたい。