文=土方正志(荒蝦夷代表)
1958年、仙台市生まれ。東京電機大学理工学部数理学科卒業。1997年『ウエンカムイの爪』で第10回小説すばる新人賞、2000年『漂泊の牙』で第19回新田次郎文学賞、2004年『邂逅の森』で第17回山本周五郎賞と第131回直木賞を受賞。
仙台に暮らす直木賞作家、熊谷達也の雄編である。
テーマは戊辰戦争。幕末の動乱が東北に迫る。
徳川幕府に加担した朝敵として会津藩の討伐に軍を送る明治新政府は、
東北諸藩に旗幟を鮮明にせよと迫る。新政府討伐軍に参加するのか、それとも会津を守るのか。
やがて東北の雄藩・仙台藩の提唱により奥羽越列藩同盟が結成、
東北の空ににわかに戦雲たなびき、新政府軍との戦争へと事態はなだれ込む。
この150年前の動乱を、仙台藩の視点から描いたのが本作である。
主人公は実在した若き仙台藩士、若生文十郎景祐(わこうぶんじゅうろうかげすけ)。
将来を期待され、幕末の動乱に仙台藩の行末を担って、遂に戦乱に巻き込まれる。
景祐のまわりを固めるのは仙台藩の重臣や改革派、
たとえば筆頭奉行但木土佐(ただきとさ)成行、
藩校養賢堂頭取や軍務局議事応接頭取を務めた玉蟲左太夫(たまむしさだゆう)誼茂、
衝撃隊長としてゲリラ部隊「からす組」を率いた細谷十太夫(ほそやじゅうだゆう)直英、
洋式武装隊「額兵隊」隊長として函館五稜郭へまで転戦する星恂太郎(ほしじゅんたろう)忠狂、
明治に入って民衆憲法「五日市憲法」草案を起草する千葉卓三郎などの面々である。
仙台藩の幕末動乱史に名を残しながら、それぞれがいわば知る人ぞ知る存在でしかない。
そんな彼らすべてが本書に登場、意見を交わし、策を練り、共に戦って、
その存在が読者の眼前に精彩を持って立ち上がる。なによりの読みどころだ。
とはいえ、やはり負け戦である。
仙台藩は新政府軍に降伏恭順、彼らは敗軍の将として責任を問われ、その多くが処罰刑死を遂げる。
だから、仙台藩の幕末動乱は「挽歌」と「悲劇」とならざるを得ない。
登場人物たちの活躍に一喜一憂しながら、彼らの苦闘を読みながら、読者は悲劇の結末を知っている。
本書もまたそんな「挽歌」のひとつではある。
だが、熊谷作品の読者ならご存知のごとく、東北を描き続ける著者である。
たとえば本作に続けて、気仙沼市をモデルとした仙河海市の明治から現在までを追った
『仙河海』シリーズを手に取ってはいかがだろう。
あるいは東北の狩猟民の近代を描いた『マタギ』三部作を読むのもいい。
幕末動乱を乗り越えた東北人たちが、続く時代にいかに対峙し、生き抜いたか。
さらにいえば著者には『荒蝦夷』など古代東北を描いた作品もある。
熊谷作品を通して、東北の歩みを知る、その幕末動乱編が本作なのだ。
次回作は江戸中期の仙台藩が舞台の作品と聞く。
地域の歴史を描く地域の作家がいて、その作品を地域で読む。
これもまた読書の醍醐味といっていい。