取材・文=三浦奈々依
家で過ごす時間が増えている今、そろそろ家の掃除や整理整頓にも方がつき、次は何をしようか、とか、毎日在宅ワークで思うような気分転換ができない人も多いはず。この連載では、2019年に発売された『Kappo Vol.100』の巻頭特集「宮城の100人」でインタビューをした人たちに現在の状況や今後の話、そして“おうち時間”を楽しむヒントを聞いていきます。
米ミシガン州生まれ。2008年に「株式会社食レコ」を設立。フードライターネットワークと、飲食メーカー/飲食店をつなぐ食のPR事業に従事。気仙沼市に移住するタイミングで事業譲渡。息子8か月のときに「インディゴ気仙沼」をオープン。フルタイムで働くのがむずかしい女性雇用の受け皿を担う。
5月から6月にかけて、海からほど近い場所にある畑は黄色の花で埋め尽くされます。
それは、時代の波に取り残され、いつしか忘れ去られてしまったパステルの花。
ナポレオンの軍服を染め、中世ヨーロッパで隆盛を極めながらも、
染織の技法も伝わらず、幻となった染料植物の「青」は世界で二例目、
日本で初めて気仙沼の地でよみがえりました。
幻の青を復活させ、育てているのは、インディゴ気仙沼で働く女性たち。
子どもをおんぶしながら耕した畑に種を蒔き、収穫した葉から青色色素を抽出。
一枚一枚手染めという昔ながらの染色法で生地にまとわせた青は
「気仙沼ブルー」と呼ばれ、世界中から今、注目を集めています。
わざわざ手をかけて一見非生産的な仕事をしている、その理由は
「時間を経て醸造されたモノ・コト・ヒトの美しさに魅了されているからです」と、
代表取締役の藤村さやかさん。
「太陽が昇るとともに畑に出て作業をする。暗くなると明日に備えて休む。
その生活は今も昔も変わりません。その休み時間の中で英気を養い、
新たな気づきと明日への土台ができていく。なんだか、人生と一緒ですね。」と
微笑みます。
そもそも、インディゴ気仙沼はお母さんたちに焦点を当てた職場。
100パーセント仕事にコミットできない期間中に、
少ない時間を持ち寄って最大限の利益を工夫して生み出していこうと
始まった経緯があります。
「世の中の多くの女性が人生のどこかで、子育て、病気、介護、老齢等により、
強制的に社会からこもらざるを得ない経験をしています。
その中で、活動期とは異なる在り方を心得てきました。
社会とのつながりを感じにくくても淡々と続けた生産活動が、
やがて花ひらくであろうことも知っています」と、藤村さん。
気仙沼ブルーと呼ばれる青には、忍ぶ時間の中で得た、
染め手それぞれのヒトとしての美しさが滲んでいるのだと感じた瞬間でした。
家にこもらざるを得ない今の状況についてお尋ねすると、
藤村さんはパソコンの画面越しに
「母方のルーツである青森では、雪に閉ざされ、身動きの取れない数カ月間、
女性たちが刺し子を刺したり、保存食を工夫して料理をしたりすることで、
家族の暮らしに彩と潤いをもたせてきました。
東北の人は元々、冬のおこもり生活の過ごし方を
身に着けてきた方々なのではないでしょうか」と、にっこり。
確かに、厳しい冬のおこもり時間によって生まれた東北ならではの知恵や技、
食文化の多くは、今も人々の暮らしとともに生き続けています。
四季折々の空の色を映しながら表情を変えていく気仙沼の海のように、
やわらかなパステルブルーから、
染め重ねるとグレーがかった知的なブルーへと変容していく、
インディゴ気仙沼が届ける新しい青、パステル。
「冬の過ごし方に創意工夫をしてきたのが東北人。
それは、自分を見つめる内省の時間。
気仙沼に暮らす私たちが夏の海と同じように愛おしさを感じるのはまさに、
おこもり時間に寄り添う冬の海でした」。
「気仙沼ブルー」には私たちがなかなか見ることのない、
気仙沼の冬の海が息づいています。
色彩心理の世界で「青」は、自己の内面的な成長を促し、
精神的な深い癒しを与える色と言われています。
コロナによるおこもり生活の中で、家での時間を快適に過ごしたいと、
手持ちの部屋着やパジャマを染めて欲しいという依頼も増えているそうです。
藍で染められた生地には天然由来の抗菌効果、防臭効果、保温効果、
UVカットがあるため、お肌に直接触れるルームウェアにも最適です。
また、くたびれてしまったお気に入りの Tシャツや、
お母様から譲り受けたコート等、
思い出深い洋服をよみがえらせたいという依頼も多くなったと伺い、
持っているものを見直し、これからも大切に着ようという思いも、
暮らしに彩と潤いを与えるのではないかと思いました。
お気に入りの染め直しや、ご自分だけのカスタム染め等、
エシカルを楽しく生活に取り入れる、良い機会かもしれません。
中世ヨーロッパで大流行したとされるパステルは、
長い時を経て今や希少な工芸作物に。
「時代はうつろい、人も営みも変わっていきます。
その中で、未来に循環していくものを畑から紡いでいきたい。
ありのままの自然の豊かさをお届けしたい。
自然と対話しながら、日々を楽しくする、
母としての工夫を凝らしていきたいと思っています」。
そう話す藤村さんは、今日もパステルの花がそよぐ畑で仕事をしています。
■ Kappo 2020年5月号 vol.105 ■
巻頭特集は「新 まち歩きの教科書」と題し、新しい“まち”の魅力を探しに出かけてみました。第2特集として「第3回 仙台短編文学賞」の大賞&プレスアート賞の受賞作品を全編掲載。ぜひ本誌をご覧ください。
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