取材・文=菅原ケンイチ
写真=池上勇人
秋田県の東南端にあり、岩手県と宮城県に接している東成瀬村は、奥羽山脈の山々に抱かれ、村の面積の93%が山林原野となっている。「成瀬ダム」は栗駒山に源を発する成瀬川(雄物川水系)の上流に建設している多目的ダムであり、完成は2024年度(予定)となっている。
成瀬ダムは「台形CSG※」という最新の形式であり、そのタイプとしては国内最大の規模となっている。そして標高が約530mと東北で最も高く、積雪期間が5カ月に及ぶ特別豪雪地帯のため、約半年は工事ができない厳しい環境の中での建設が進められている。
成瀬ダムは国土交通省東北地方整備局が発注し、ダムの提体(水をせき止める本体)は鹿島、前田、竹中土木のJV(共同企業体)が施工を行っている。
現地の工事事務所に隣接して、プレハブ2階建ての工事関係者用の宿舎が多数並んでいた。ここでは関連工事も含め、およそ700人の関係者が寝泊まりしている。村の人口2500人からすると大変な人数であり、周辺には飲食店なども出店しているという。建設作業者にはダム専門に、全国の現場を渡り歩く人も多いのだそうだ。ダム建設は、調査から完成までに40~50年を要する巨大プロジェクトなのである。
(※CSGとはCemented Sand and Gravelの略で、現地発生材<石や砂れき>とセメント、水を混合してつくる材料のこと)
まず、ダム堤体の建設現場脇にある「KAJIMA DX LABO」を訪ねた。ここは鹿島の最先端の施工技術や、成瀬ダム工事の概要について学べる施設である。シアタールームでの映像のほか、ジオラマやパネルが展示されており、そこに専用タブレットをかざすと、AR(拡張現実)技術によって完成後の画像などが連動して見られるようになっている。
ラボの展望デッキに出ると、堤体の工事現場が間近に見え、そこには巨大なダンプやブルドーザーなどが動いていた。そしてこれらの重機のほとんどが「無人」なのである。
これは「A⁴CSEL(クワッドアクセル)」という、鹿島が開発した世界初の技術だ。重機はプログラムで動くようになっており(一人一台を動かす遠隔操作ではない)、管制室から必要なデータを毎日送ることで、自律的に動いて作業する。この技術の本格的運用は、成瀬ダムが初めてなのである。
重機の種類は汎用のダンプトラック、ブルドーザー、振動ローラー、大型清掃車の4種類。ここには巨大な重機が集まっており、大型の重ダンプ(最大で55t)などは大きすぎて公道を走れないので、分解して運搬するのだという。
自動化で工事をしているのは堤体建設の基幹部分である。ダンプがセメントと砂れきの混合物(CSG)を運搬して下ろし、ブルドーザーが敷き均し、それを振動ローラーが転圧し、最後にアルマジロが清掃する。そうして3層75cmを1リフトとして、繰り返し打設してゆく。
重機にはGPSやレーザースキャナー、ジャイロセンサーといった計器が搭載されており、重機同士も連携して動いている。プログラムには熟練作業員のオペレーション技術も覚えこませており、そうすることで燃費や作業効率も向上させているのだ。
無人の重機は将来、最大で23台が稼働する。そして管制室では、常時数名のITパイロット(作業指示・監視者)が重機を見守っている。
この技術が全稼働すれば当該工程での人員が83%削減、工期は32%短縮、そして災害発生リスクも大幅に縮減される。将来的には管制室が現地にある必要もなく、仙台からでも東京からでも問題なく指示を送ることができるという。
自動重機によるダム提体の打設は24時間体制で行われている(取材して驚いたのだが、ダム工事はもともと24時間体制が当たり前なのだという。そして夜の工事ではきれいな夜景が浮かび上がるのだそう)。
次世代の建設技術である「クワッドアクセル」は様々な可能性を秘めており、鹿島とJAXAの共同によるプロジェクトでは、月面探査基地の建設を無人で行う実験を行っている。
成瀬ダムの提体(本体)工事については、鹿島建設を中心とした共同企業体が行っている。その工事事務所の所長である奈須野恭伸さんに、成瀬ダム工事の先進性について詳しく伺った。奈須野さんは成瀬ダムが5ヵ所目のダム現場。これまでの経歴のほとんどがダム現場で、単身赴任生活も長いのだそう。
「ダムは土木構造物の中でもけた外れに大きく、土木の色々な工種が集約されているんです」と奈須野さん。鹿島は「ダムの鹿島」とも呼ばれており、巨大ダムの多くを手掛けている。
成瀬ダムは東北でも有数の大きさを誇るダムである。「我々はダムを提体の大きさで見るのですが、このダムの堤高は114・5mあり、東北では4番目の大きさになりますね」。それがいかに巨大であるかは、現地を訪ねればよくわかる。
成瀬ダムの最大の特徴は水をせき止める堤体が「台形CSG」という最新の形式であることだ。「これまでの主流は大きく分けると、コンクリートダムとロックフィルダムの2つでした」「それに対し台形CSGダムは日本で生まれた技術であり、コンクリートに代わってCSGを主体に使うのが特徴です。ですから台形CSGは第三のダムともいえますね」
「この台形CSG工法とは、現地で採取した石や砂れきにセメント、水を混合した材料で台形型にダムの堤体をつくる工法です」。従来のコンクリートは骨材(セメントに混ぜる砂利や砂など)を「分級選別」して使っていたため、採取地に制約があるとともに、採掘による地形改変など環境負荷の問題があり、さらに選別から外れた大量の廃棄土砂の発生があった。
「CSG工法の場合、現地の川の脇の段丘堆積物、つまり河川の周辺に堆積した河床砂れきを、選別せず大玉のみ取り除いて使います。こうした骨材の調達合理化により、CSG工法では工期とコストの大幅な縮減を実現しているわけです」
ダムでは基本的にセメント以外のものを現地で調達し、材料を混合して製品化するので、そのための巨大プラントも現場に建設される。成瀬ダムのプラントは実にサッカー場18面の広さがあるのだそう。「最盛期にはCSGを月に25万㎥以上打設します。これは10階建てビルの25棟分に相当します」
「形状で見た場合、通常のコンクリートダムは堤体の上流側は地面に対して直角でしたが、CGG工法のダムは、下流側も上流側も両方傾斜があります。その形から台形CSGダムと呼ばれるわけです。台形型にすることで、安定した形になり、より水圧や地震に対して強くなります」
日本で生まれた最新のダム形式である台形CSGダムは、成瀬ダムが5例目であり、日本最大の大きさになるという。
「完成したダムに水が貯まってゆく過程を、周りの景色とともに見るのも楽しみのひとつですね」と奈須野さん。成瀬ダムでは驚くことに、満杯になるまで約一年かかるのだという。
「KAJIMA DX LABO」では一般の見学も受け付けているが、新型コロナの影響により当面は秋田県在住者に限定している。(詳しくは「成瀬ダム堤体打設工事」のHPをご覧ください)
成瀬ダムの建設が進む秋田県東成瀬村は、奥羽山脈の懐にあり、中央を清流成瀬川が流れる自然豊かな村だ。1999年には「美しい星空日本一」に認定され、2009年には「日本で最も美しい村連合」に加盟している。
代表的な観光地は国定公園である栗駒山とその周辺の「自然」や「温泉」だ。ブナを中心とした豊かな森は四季それぞれに美しい姿を見せ、特に秋の紅葉は東北でも有数の美しさを誇っており、登山、ドライブそれぞれで楽しめる。
東成瀬村の北側から山を下ると横手市、南側から山を下ると湯沢市に出る。それぞれに観光が楽しめるが、湯沢に出る国道398号沿いには小安峡温泉や泥湯温泉、日本三大うどんで知られる稲庭地区などがある。