写真=池上勇人、齋藤太一、小野寺真希(fog) TEXT=ナルトプロダクツ、鎌田ゆう子、川野達子、編集部
カリカリの鱗の下で、ふっくらしっとりジュを含んだ甘鯛の身。合わせたのは、パプリカやキュウリ、茄子、ズッキーニにミョウガ、生姜をひそませシェリーヴィネガーで整えたソース。山形の夏の風物詩である「だし」を南仏野菜でオマージュしたような、何とも風味豊かな冷製ソースだ。「パ・マル(なかなかいい、悪くない)」なんて鷹揚な名付けをしておきながら、オーナーシェフである村山優輔さんの料理には敢然とした意思が漲っている。
天童で14年にわたって愛されたビストロスタイルの『パ・マル』。そのアドバンテージを捨ててでも、本格のフランス料理店として再出発に踏み切ったのは2017年のこと。「山形にはフレンチレストランが少なすぎる」。それが、理由だった。
「フランス料理店がなければ、特有の食材を生産する人も経路もなくなる。料理人も育たなければ、味わう人も育たない。山形がフランス料理という食文化不毛の地になってしまうことが、我慢できなかったんです」。
生来の挑戦心と開拓精神がアイデアと技術を大いに高め、今ではオーセンティックとイノベーティヴを鮮やかに縒りあわせた独自のスタイルを確立。しかし彼はルーティンに捕まることなく、厨房に届く素材を前に日々新たなことを試している。
「ディナーはいつも、当日の17:00にメニューを決めるんです。こうして素材が揃いきるのを待ちながらアイデアを練るし、その日その時の気温や天候、湿度でも、何をおいしく感じるかが変わってくるから」
ぎゅっと円柱状に成形してオーブンで焼きあげた羽黒綿羊の仔羊は、やわやわとした肉の繊維から透明なジュが滲み出る極上の焼きあがり。ニンニクを効かせたフォン・ド・アニョーのソースがまた抜群に旨い。摘みたてのアーティチョークと舟形マッシュルーム、鶴岡のアスパラソバージュがみずみずしく香る。
形式にこだわるつもりはない。それがコースの流れやゲストの希望の中で必然であれば、パスタや白飯だってフレンチとして料理する。問題はない。フランス料理への覚悟は、確かに彼の胸にあるのだから。その覚悟と自由さが、山形キュイジーヌを牽引する大きな力となっている。
日本料理店を思わせる石畳のアプローチから暖簾をくぐり、引き戸を開ける。するとそこには、漆喰の壁、高い天井と、いくつも並ぶ幾何学の窓から陽光が降り注ぐ、開放的な空間が広がる。『レストラン アキヤマ』は、秋山夫妻が営む山形市七日町の住宅街にひっそりと佇むレストランだ。
オーナシェフの秋山徹さんは、横浜で中国料理、関東でイタリア料理、フランス料理を学び、地元山形に戻ってから、さらに日本料理店の門を叩いた。地元に戻り、店をオープンしたのは2015年12月。修業した関東圏に比べると、山形は肉や魚の流通が不便な場所。しかし、ここには豊富な野菜と果物がある。そこに活路を見出した。旬の野菜は契約農家と山形のものを見極めながら。フランス料理に欠かせない“酸”の役割を、山形産の果物に委ねた。
コースの口切りは千葉県印西市にある「柴海農園」の野菜を素材に合わせてグリルや生で盛り合わせ、すももと合わせた前菜。「最初に食べたほうが、野菜のインパクトが残る」という秋山さんの言葉通り、一つひとつの野菜の味がはっきりとわかる。フォアグラに合わせたのは、なんとパッションフルーツ。くり抜いたパッションフルーツの器ごと温めることで、サーブされた時に香りがより際立つしかけだ。赤いかと佐藤錦のパスタは、からすみの塩味であっさりと。メインは山形牛。グリルしたごま豆腐、キウイ、わさびをほんのり効かせた山形牛の上ミスジ、春キャベツ、さらにサマートリュフをふんだんに。何層にも重なった素材に、組み合わせの妙味を楽しめる。
重厚さと明るい洗練の共存。店の雰囲気がそのまま現れているような料理で、我々をもてなしてくれる。「料理で特に意識しているのは香りと繊細さ。瞬間で仕上げるので、香りや温度を感じてもらいたい。あとは、食べた次の日も“なんか、お腹が重たいな”といったことを感じずに、普通に生活ができるような料理です。最後に日本料理を学んだことで、よけいなものを削ぎ落とす、引き算の技術が身についたんだと思います」。
見た目も味わいにも華がありながら、食べるとやさしさと温かみを感じる。「私の料理は、厳密にはフランス料理ではないのかもしれません」と秋山さん。しかし、様々に技術を会得した彼だからこそ作れるひと皿であるのは間違いない。
「コース料理をカジュアルに食べてもらいたいんです」。そう話すのは庄司直央(なおふみ)さん。『Nibbles』を預かる、今年30歳になったばかりの若きシェフだ。「特別な日に食べに行く料理の選択肢の中に、フランス料理が上がるように」と、若い世代も記念日に利用しやすいよう、様々なしかけを考えた。入店からラストまでのBGMに変化を加え、照明を徐々に落とすなど、空間演出にも気を配る。もちろん、思い出に残る料理にも。
東京のイノベーティブ・フュージョン系のフレンチで7年ほど経験を積み、天童市内に1年限定で出店し、今に至る庄司さん。「店を出してすぐの頃は、ビジュアルに寄せた東京の流行をそのまま取り入れたような料理で、食材も特に地元のものにはこだわっていませんでした」。
東北で、しかも新鮮な食材を日々食べている人たちに向けて、そんな料理を提供することに違和感を持ち始めた。たどり着いたのは「地元である山形、そして東北の食材に目を向け、生産者の方と積極的に向き合うこと」だった。
前菜は山形の野菜を焼く、蒸すなどそれぞれに合わせて調理し、薬味としてハーブを添える。炙った赤いかはあくまでもアクセントだ。庄内の真鯛は1週間ほど熟成し、油を引かずにフライパンだけで虹色の火入れを実現した。「今探究しているのは、素材に対する火の入れ方と、普段食べ慣れている食材に、いかに変化をつけて料理に仕立てるか、です。
素材をストレートに感じられるコースの中、デザートだけは作り込むことに決めた。店のシグネチャーデザート「ショコラとビーツのタルト」は、光るリングケースに薄く焼いたタルト生地に、カカオ72%のチョコレートを使用したムースをのせ、ビーツパウダーで化粧。イチゴとハチミツをのせた、手の込んだひと皿。彼なりの解釈と発想で、目の前のゲストが五感をフル活用して特別な時間を楽しめるように考える。これからが楽しみな一軒だ。
料理、そして食の根源にある豊かさをたくさん教わったスイス。その風景に、蔵王は似ていたという。
三ツ星レストランの代表格ともいえる「ギィ・サヴォワ」をはじめ錚々たる一流店の厨房に学びつつも、風景として鮮やかに思い出すのはスイスだったという鈴木俊矢さん。パティシエである円さんもそれは同様で、ふたりが愛した「ファンダン・レゼルヴ・デ・ザドミニストラテュール2019」を食前酒に薦めてくれた。
前菜のひと皿は、勝浦港に揚がったモチガツオ。適度に脂ののった腹側に熟成をかけ、藁で燻製に。温玉の卵黄とマスタードのソースにフランボワーズヴィネガーで和えたヒョウの新芽を合わせ、青い香りとぬるみをアクセントにした。フレンチの皿にヒョウがこれほど活きるとは、嬉しい発見だ。身の厚い三陸穴子は山形産蕎麦粉のでわかおりでフリットにし、焼き茄子と重ねてアサリと紫蘇オイルのソースで。炎昼、雨上がり、香る夏草の爽涼。山形盆地の夏が、味わいに宿る。
ヴィアンドは最上鴨のロースト。のんびり米を食んで育った鴨の血の味をも個性として楽しめるよう、九分の火入れに留めた。グリルしたトレヴィスの甘苦い風味と、ジュと蜂蜜、赤ワインヴィネガーで仕立てたソースを合わせて。
異なる甘さと酸味、テクスチャーを組み合わせたデセールにうっとりとしながら、蔵王の頂へと連なる緑の丘を眺める。蔵王というテロワールがこの新しき店に与えるインスピレーションを、追いかけていきたい。
ハムやサラミなどを中心に、イタリアの農村地域に受け継がれてきた郷土料理を提供する『IL COTECHINO』。店に一歩足を踏み入れると、生ハムやサラミが所狭しと吊るされた壁一面の巨大な冷蔵庫が目に飛び込み、思わず圧倒される。6年間のイタリア修業中に加工肉の奥深さに魅了され、帰国後、故郷の山形で店をオープンさせたオーナーシェフの佐竹大志さんは、「当初はメニューの一つとして加工肉を出していましたが、お客さまのニーズに合わせていくうちに、いつしか加工肉が主体になりました」と語る。毎日店の営業が終わった後、朝まで6~7時間かけて仕込むという加工肉は何と約50種類以上。どれもがオリジナルレシピによるもので、水分の抜き方や塩の配合具合、熟成方法など試行錯誤を重ねて生み出された逸品揃いだ。
メニューは基本的に「おまかせコース」のみ。新鮮野菜のバーニャカウダを筆頭に、加工肉の盛り合わせ、ニョッコフリット、パスタ、ドルチェと盛りだくさんの内容だ。加工肉の盛り合わせは、熟成発酵により旨みや香りを引き立たせた非加熱系の生ハムやサラミ、イカスミや山椒、ラベンダーなどで色付けされた加熱系のモルタデッラなど、合わせて15種類。イタリア各地に端を発し、佐竹さん独自の手法で手作りされた渾身の加工肉を、風味や食感の違いを楽しみながら味わえるのが嬉しい。
「イタリアで何百年と受け継がれてきた加工肉を知ることは、イタリアの食文化の面白さを知ることにもつながります。が、深いことは考えずに、ただただ空間と料理を楽しんでほしいですね」と笑顔で話す佐竹さん。イタリアの加工肉のテーマパークを訪れる気分で、気軽に足を運んでみたい。
祖母が愛した築70年の日本家屋を改装、庭を手入れし、街の中ながら閑静な庵の佇まいを結んだ大竹林太郎さん。『馬場乃町 はやし』の庭の片隅では、400年ほども経た祠が土地の旧縁を伝えている。
献立に冠した七十二候は、これから味わう旬の“季”を改めて実感させるものであり、料理のコース全体を一貫するテーマでもあるだろう。とりどりの酒肴をちりばめた前菜で、その広がりと凝縮感が楽しめる。庭から手折ったばかりの青紅葉が露に濡れて美しい。進肴の「鮑の磯焼き」は、師である野崎洋光氏の料理をまっすぐに継いだ料理。活鮑を殻付きのまま鮑そのものが持つ塩のみで蒸し上げ、昆布のダシと鮑の肝で仕立てた濃厚なソースと有明海苔で味わう。柔らかくも弾力に富んだ鮑は噛むほどに旨みが滲み、磯の香満々たるソースと海苔の風味が後をひく。庄内の丸茄子を器にしたスッポンは、とろりぷるぷるのスッポンと、その旨みをふくふくに含んだ揚げ茄子との相性の良さに驚いた。
人気の土鍋飯は、南陽市の黒澤ファームの「夢ごこち」を使用。この日は岩手三陸の穴子を具に、煮ツメではなく醤油でつけ焼きに。きっぱりとした旨み、その奥で味わいを支える繊細なダシの風味を、米の旨さがふんわりと受けとめる。
清々しく心地よい、味わいとしつらい。開店から8年と歴史は新しいが、これほど城下町・米沢に似合わしい店もないだろう。
山形県鶴岡市の国道112号沿いに小さなイタリアンレストラン『アル・ケッチァーノ』がオープンしたのは2000年春のことだった。居抜きで借りた店舗の壁は自分たちで塗り直し、食器の大半は100均で購入したものだったが、シェフ奥田政行さんが庄内の食材で作るオリジナリティあふれる料理は瞬く間に注目を集め、いつしか「予約の取れない店」として知れ渡るようになった。
22年の歳月は疾風のごとく過ぎ、アル・ケッチァーノは移転することになった。蔦の絡まる外壁に掲げられたロゴはすでにない。一抹の寂しさを覚えながら車で走ること3分。新しいアル・ケッチァーノには奥田さんの夢と野望が詰まっていた。
新アル・ケッチァーノはレストラン棟とアカデミー棟からなり、レストラン棟には庄内の食材を活かしたコース料理を楽しめるダイニングのほか、地元農家の食材を加工・商品化する食材加工室を併設した。完成した商品は全国の直営店とプロデュース店での販売を予定している。
アカデミー棟には料理教室のスペースを造った。「料理教室付きの食材探訪ツアーなど体験型旅行も提案したい」と奥田さん。観光バスが3台駐車できるスペースも確保し受け入れ準備は万全。そしてここには、カウンター10席だけのシェフズテーブルがある。「私が挑戦するための場所であり、成功した過去にとらわれて守りに入らないための、お客様と向き合うための場所です」
シェフズテーブルの料理は2人分の取り分けが基本。「それは意味のある取り分けです」。東北の食材をふんだんに使いながら、素材感のダイナミックさを表現したいと奥田さんは考えている。「イタリアンは素材を素材 らしく味わう料理。味付けは調味料を多用せず塩とオリーブオイルだけとシンプルですが、見た目にも素材感をシンプルに表現したいと思っていました」。現代の料理スタイルの1人分の皿では限界がある。ならば倍にして盛り付ければいい。「失敗を恐れず、誰もしていない料理や組み合わせなど、チャレンジを楽しめる場所にしたいと思っています」
記事の内容はKappo119号(2022年8月5日発売)掲載の情報です。
営業時間等は変更の可能性があります。