写真=池上勇人、齋藤太一 TEXT=ナルトプロダクツ、編集部
地下に潜んだカーヴのような、曲線の天井を有する鈍色の空間。ごくシンプルなカウンターの奥にはパコジェットやスチームコンベクション、そして炭火の炉が置かれ、原始の火と科学の火とが一直線に並んでいる。
花田秀樹さんの料理、その皿の上は唖然とするほどシンプルだ。ジャン・ルイ・コケのボウルには、トウモロコシのすりながし。生の嶽きみを水と塩のみですりながしにし、葉から抽出したオイルと生クリーム、揚げたヒゲと実を添えた冷製スープだ。トウモロコシの濃厚な甘さと香ばしさが異なる角度、テクスチャーで展開する、脱構築的な味わいが楽しめる。
一見、何の変哲もないパテ・ド・カンパーニュ。しかしその素材は何とハクビシン。みっちりとした肉質のウデ、モモそしてレバーを使い、フォアグラとクルミ、パセリで軽やかな風味をプラスしてある。驚くほどにけもの臭さはなく、むしろ後味にムスクとヴァニラを足したような芳香が微かに残る。
「鹿や猪、熊、こうしたハクビシンなど青森には駆除対象となる野のけものがたくさんいます。これまでは、仕方がないから、もったいないから食べる、という考え方が一般的でした。けれど自分は料理人として、“おいしいから食べるもの”、青森の誇るべきジビエとして確立できるものだと思っています」
花田さんの出身地である金木町は、全国に知られる馬肉の産地。その馬肉の赤身を刻んでタルタルにし、田子産のアローカナ種鶏卵・けんちゃん卵の卵黄を添えて。田子ニンニクの風味を移したパン粉の香ばしさとさくさくとした食感が、ねっとりとうまいタルタルの好アクセントだ。
津軽鴨は、60℃を保ちつつ3時間かけてゆっくり火入れしたものを最後に備長炭で炙って仕上げる。パリッとしたクリスプ感と熱さの緊張を味わったのちに、じゅわっとあふれる鴨の旨み。肉の内側でジュが対流し、肉の繊維に回りきった福々しい旨みだ。
研ぎ澄まされたシンプル。しかしそれはプリミティヴな精力に満ちている。花田秀樹という料理人の郷土愛が、その源泉なのだろう。
きっぱりと端正なカウンター。余計なものは何もない。必要十分な造作と厨房が、店主である三上統生さんのまっすぐな気質を表すかのようだ。
不惑を機に生まれ育った弘前にて『おり乃』を開店。ついこの4月のことだ。弘前でなければ味わえない、しかし弘前でも唯一の旬料理を、と食材は地元だけでなく以前からの縁によって全国各地から手繰り寄せ、日本料理の粋である“はしり”を楽しませる。焼津のミナミマグロ、ボタン海老、三厩のムラサキウニやソイなどを寄せたお造りは、『おり乃』の良縁と地元愛とが顕著に出たひと皿である。
とりどりの色彩、とりどりの仕立てに酒杯がどんなに重なろうと、土鍋で炊いた飯のうまさはまさに別腹。三上さんは青森産の「つがるロマン」「まっしぐら」「あきたこまち」を炊き込む具材によって変え、通常であれば粛々と終わる「食事」にさらなる山場をつくる。この日は赤石川の鮎。「このあたりの鮎は、白神の水を吞んでいるものがよりおいしい」と三上さん。炭火で炙った鮎を米の上に乗せ、鰹ダシに薄口醤油、みりんを少々。炊き上がったら鮎から骨を外し、刻んだ皮もはらわたも一緒に飯に混ぜ込む。ほろほろと柔らかい鮎の身は、“混ざる”というより“まみれる”といった塩梅。この、鮎にまみれた飯が滅法うまい。ふあふあとした鮎の繊維をまとった米の甘さ、香り、ほんのりとした苦み。蓼の香りもいい。さてこの味に合う酒は、と締まるものも締まらなくなる、何とも罪作りなうまさである。
覚悟を持った人は強い、と思う。シェフの池見良平さんは、まさにそうだ。「ここでしか食べられない料理でなければ、八戸で店をやる意味がないんです」。柔和な笑みを浮かべつつ話しているが、その言葉は八戸への地元愛、というより、自分に課した責務のように感じた。神奈川県相模原市出身で、東京の有名店で修行を積んだ後、独立する場所は、海のない地元か、それとも多くの店がある東京か。彼が出した答えは奥様の地元・八戸市だった。三方を海に囲まれた青森県は、イタリア料理に欠かせない鮮魚が豊富に揚がるからだ。
しかし、またひとつ大きな壁にぶつかる。「店をオープンした頃に、八戸市には本格的なイタリア料理を出す店はなかったんです」。まずは前菜とパスタを組み合わせるチョイスコースから始め、少しずつ選べる品数を減らしていった。「そろそろ、自分の料理を受け入れてもらえるな、と感じて」。2020年11月、現在のスタイルでリニューアルオープンした。機は熟したのだ。
鮮烈なオレンジが目を引く皿には、アブラツノザメの尾ビレのソテー。同じく八戸産の毛ガニを煮込んでソースに。ざくざくとした歯ざわりが心地よい。オオヒラメは皮目をバリッと焼き、にんにくの芽のソースとともに。エスプーマはなんと唐辛子で、合わせて食べるとアーリオ・オーリオになる仕立てだ。ウニの冷製パスタは、手打ちのタリオリーニと同量のキタムラサキウニを塩漬けし、水分を抜いて凝縮させた。どれも、食材の味がしっかりと伝わる料理だ。
「地元にはこんなに素晴らしい食材があって、普段とは違う食べ方があるんだ、と伝えたいんです。だから、頭で考える料理ではなく、わかりやすい料理を心がけています」。話を聞くと、あらためて八戸周辺の食の豊かさを感じる。海産物はもちろん、十和田の野菜、銀の鴨、シャモロック、猪の牧場もある。レストランは食材との出会いの場。八戸におけるイタリア料理の先駆者の挑戦は、これからかもしれない。
『千陽』と聞いてピンと来る御仁は多いのではないだろうか。かつて仙台市内に店を構え、多くの人をもてなした小料理屋だ。かつてそこを切り盛りしていた、原佑子さん。現在は地元の八戸で、女将として店に立っている。腕を振るう店主は、関西と地元・八戸で10年ほど研鑽を積んだ息子さん。親子二人で営む『千陽 本丸』は、八戸市を代表する店として広く知れ渡っている。
メニューはおまかせコース一択。真イカ、ヒラガニ、ホヤなど八戸といえば名前が挙がる旬の味覚に、店主の技とアイデアを加えた郷土料理が楽しめる。例えば真イカは塩辛のほか、肝醤油で食べる文化があるが、店主にかかれば刻んだゲソを叩いた肝に混ぜた、特製の醤油ダレでいただくひと皿に。
殻が柔らかく、地元では茹でてからそのまましゃぶって食べるヒラガニも、しっかりと炊き込みご飯に仕立てる。よけいな手は加えない。手法は日本料理だが、「日本料理にとらわれ過ぎると、できないことが出てくるんです。八戸で料理をやるなら、地の利を活かしたほうがいいと思って」。魚であればまずは刺身で、その後にしっかりと手を加えたものを、と二通りの楽しみ方を提案することもある。日本料理の会席では、同じ食材が2度登場することはない。『千陽』のコースはあくまでも地元の食材が主役なのだ。
新たな生産者との出会いにより、まだまだ新しい地元食材の発見がある。コースの肉料理として供されるのは、八戸に隣接する十和田市の『SASAKI FARM』が手がける短角牛。青森には倉石牛や田子牛など、ブランド牛として名を馳せる牛肉が数ある中で、あえて赤身の短角牛を提供している。短角牛との巡り合わせのきっかけは、数年前、店の常連である獣医さんからの紹介だった。地のものの飼料を与え、放牧中には牧草を食む。肥育ではなく、自然に近い状態で育てた牛だった。食べれば赤身ながら柔らかく、旨みと甘さのバランスが程よい。育つ環境も味も含めて“理想の牛”。月に1頭しか流通しない希少なものだが、訪れる人にはぜひ味わってもらいたいと信頼関係を築き上げ、仕入れている。
旨い料理には旨い酒を、との方針から、日本酒は常時10種、焼酎やクラフトビールを揃える。また、八戸の『岩館りんご園』のりんごジュースも格別。市外からの来店であれば、地元のものをわかりやすく、おいしく。八戸の人であれば、八戸では食べる機会が少ない青森のものを。一客一亭、来る人に合わせる柔軟さで紡ぐ郷土料理は、食材との出会いでこれからも深化し続ける。
記事の内容はKappo119号(2022年8月5日発売)掲載の情報です。
営業時間等は変更の可能性があります。