写真=川島啓司(Harty) TEXT=ナルトプロダクツ
東北には、銘柄牛、ブランド豚はもちろん、地鶏や羊、馬肉など、その肉を目的に訪れたい名店と、食文化があります。各県の生産者や専門店、料理人が込めた肉料理への思いを汲み取りながら、うまい肉を求めて、東北を旅してみませんか? 今回は、Kappo9月号表紙の肉料理を提供している、岩手県盛岡市『Chez mura bleu Lis』をご紹介します。
年季の入った佇まいの特産センター。
土付きのまま並んだ朝採れの地元野菜を籠に入れながら、佐藤 剛さんはおかあさんたちと世間話。
目の前の野菜は、目の前の人が目の前の畑で作っている。
『mano』の根っこには、そんなあたたかくまっすぐな営みがある。
佐藤さんがここ川崎で養豚を始めたのは震災から約1年後の2012年春。
「アルフィオーレ」目黒浩敬さんに学ぶ中でシャルキュトリづくりに強く惹かれ、根本である養豚を学ぶため
岩手県岩泉町の養豚場に住み込んだ。
その後、東日本大震災を経て「ふるさと」という存在を改めて意識したという。
自分、そして父や祖父たちが生まれ育った川崎町。
〝暮らしを営む〞ということの根源を知っている人と土地。
あらためてここに根を張ることを、佐藤さんは決めたのだ。
「いろんな仔豚を育てましたが、最終的には血統よりも環境や餌、水、どう育てたかが味に出る。
もっと言えば、豚が育ちたいように育てただけ。
豚が自由に過ごせる環境の中で、好きなように生きる。
豚らしく生きることで、健やかな味になっているのでしょう」
2021年4月、『mano』オープン。
佐藤さんが育てる「たけし豚」を川崎の野菜やワイン、空気とともに楽しんでもらう店だ。
ランチはパスタメインまたはたけし豚メインの2種類で、どちらも自家製シャルキュトリと色鮮やかな野菜の前菜がどっさり付く。
本日のパスタはたけし豚の端肉やスジを骨のブイヨンと玉ねぎ、トマトでラグーにしたミートソース。
もちもちの生トンナレッリ、たっぷりのグラナ・パダーノでより力強いひと皿になった。
110℃〜120℃の低温のオーブンでじっくりと火を入れたたけし豚のローストは、ぷるぷるの脂身としっとりとジュを含んだ身の旨みが多重奏で味わえる。
脂は甘く、ジュはブイヨンのような旨み。
焼きナスのピュレの風味が夏の畑の香りにも似て、精気にあふれる仕立てだ。
目黒さんが手掛ける「ファットリア・アル・フィオーレ」の「ヴェルデ」ともどこか共通点のある味わい、心地よい樽のニュアンスがゆっくりと同化する。
豚を育てて、畑を耕して、シャルキュトリを仕込んで、料理して。
1日が24時間では足りないのでは、と訊けば、「どのジャンルでもいいので、興味のある方がいればぜひお声掛けください」と冗談に切実さが混じった。