「そば王国」山形の中でも、そばの最大の生産量を誇る尾花沢市。
尾花沢市のそばの最大の特徴は、地元の在来種である「最上早生」の本来の味と形質を維持するために種子栽培に取り組み、それを「原種最上早生」と名付けて平地の畑で栽培していることだ。
そこにはおよそ10年にわたる、そば店と生産者の夢を紡ぐ物語があった。
「尾花沢そば」とは…
尾花沢市ではそばに最適の気候と水はけのよい土壌を生かして「原種最上早生」を全域で栽培している。
そしてそのそばを、市内のそば店や温泉旅館などで「ひきたて」「打ちたて」「ゆでたて」の3たてで提供しているのが、尾花沢のそばである。
山形県の北東に位置する「雪とスイカと花笠のまち」尾花沢市。
銀山温泉を擁する日本有数の豪雪地帯として知られるが、夏の寒暖差が大きな気候と、雪がもたらした豊かな水を生かして、米、スイカ、そば、肉牛など多くの特産物が生産されている。
尾花沢は夏スイカの生産量日本一を誇り、肉用牛(黒毛和牛)も東北有数の肥育頭数となっている。
そして「そば」に関しては、東北一の生産量を誇っている。
特に近年は地元の在来種である「最上早生(もがみわせ)」の大規模栽培を普及させており、「尾花沢そば街道」加盟の全店舗でこだわりの「尾花沢そば」を提供して、県内外のそば好きやそば関係者の熱い注目を集めている。
山形県内で生産している県オリジナルのそばとしては「でわかおり」が知られており、近年は新品種の「山形BW5号」も登場している。
一方、尾花沢市など最上地方で広く栽培している「最上早生」は、地元に昔から伝わってきたそばがルーツであり、1919(大正8)年に山形県の農業試験場が純系分離した品種である(昭和62年には再度純系統を分離)。
1999(平成11)年にデビューしたでわかおりや、2018(平成30)年から作付している山形BW5号も、最上早生をもとに育種されたものである。
最上早生はそばの香りが高く、甘みとコシが強いのが大きな特徴だ。
尾花沢市では、この最上早生のブランド化によるそばの里づくりを目指して、2010(平成22)年に生産者、そば店、農協、県、市が結集して「尾花沢市そば生産振興協議会」を設立した。
そして取り組んだのは、最上早生の良質な種子を増やすことだった。
種子にフォーカスを当てたのは、最大の長所である「味」を前面に打ち出すためである。
そばの花は他家受粉といって、他の個体の花粉としか受粉しない。
そのため他の品種との交雑が進みやすく、長年栽培しているうちに元の特質が薄れて行く性質がある。
常に元の特質を維持したまま栽培するのは、当時は不可能に近い話だった。
そこで協議会では最上早生本来の形質を維持し、他との交雑を避けるため、市内東部で宮城県との県境の山中にある「宝栄牧場」の一角を圃場に選定し、良質な種子を確保するための栽培をスタートさせた。
宝栄牧場は明治からの歴史ある古い牧場である。
標高約600mに位置し、現在は農家が肥育している肉牛や乳牛の、夏の放牧場に使われている。
その一角に借りたそば畑は約1.5ha。
ここは平地のそば畑から完全に隔絶されているため、他品種の花粉を持ったハチが飛来せず、そばの純系統が維持されるのである。
初年度の開墾では、石や牧草の根を取り除くなど苦労を重ねたという。
そして窪地になっている土地なので、排水をよくするため弾丸暗きょという簡易的な地中の水路を随時掘っている。
そばは例年7月下旬に種をまき、10月上旬に刈り取りをする。
これまで受粉のためにミツバチの蜂箱を設置し、交雑しない種子確保の取り組みに努めてきた。
牧場の畑はあくまでも種子の採取が目的である。
秋に採れた種は協議会員の各生産者に配布し、翌年に平地でそれぞれがそば生産をする流れになっている。
「原種最上早生」の栽培は初年度で4kgの種からスタートして、年々増やしていった。
そして宝栄牧場で採種した種子を市内のそば畑に播種し、毎年それをくり返しながら「原種最上早生」の生産面積を拡大していった。
現在市内のそば畑は640haほどある。
市内全体で最上早生を作付しており、東北有数のそばの産地となっている。
「尾花沢市そば生産振興協議会」に加盟している生産者は6団体と1名で、ほとんどが大規模経営である。
その中の上原田営農組合の髙橋喜久雄さんの畑を訪ねてみた。
髙橋さんの組合では50haの畑でそばを作っている。
その多くが水田を利用した転作である。
「そばは水はけのいい土地が適しています。一般的に休耕田でのそば作りでは排水対策を講じる必要があるのですが、ここはスイカ栽培にも適した黒ボク土という水はけのいい土壌なので、そのままでもそばに向いているのです」と髙橋さん。
一枚の水田が3反(3000㎡)と広いので、作業効率も申し分ない。
「そばは荒地にも育つので、肥料がなくてもいいと思われていますが、実際には養分があった方が収量がよく、いいそばができます」。
髙橋さんは畑に毎年堆肥を投入している。
そばは農薬を使わなくてもよく、髙橋さんの組合では化学肥料も入れていないので、完全な有機栽培となっている。
組合のある玉野地区は牛の肥育も盛んな土地であり、そこから出る堆肥がそば畑に使われて循環している。
収穫は例年稲刈りが終わった後の10月中旬頃、コンバインで一気に行う。
米と違って一斉に登熟しないので、刈り取りの時期を見極めるのが難しいのだそう。
「そばは倒伏に弱いので、台風など秋の風雨には気を揉みますね」と髙橋さん。
順調に生育しても収穫前に倒れてしまえば、収量や品質が悪くなってしまうのだ。
最近の異常気象は各地で農作物に被害をもたらしているので気を抜けない。
収穫したそばは乾燥機で乾燥する。
現在はそば用にも調整できる汎用乾燥機を使っており、30度から40度の低温で時間をかけて乾燥している。
そうすることで、そばの風味が落ちないのだ。
乾燥を終えたそばは農協に出荷して等級検査を受け、農協の低温倉庫で保管される。
昔のそばは常温のまま置かれていたので、梅雨を過ぎる頃には味が極端に落ちたものだが、今はしっかりとした管理が行われるようになり、夏でも甘皮に緑色が残っている、香りのよいそばが食べられるようになった。
髙橋さんは自分でもそば打ちをする。
「製粉のための機械一式やそば打ちの道具も揃えました。「原種最上早生」の栽培も最初はうまいそばが食べたくて始めたようなものです」と笑って話す。
山形県は本格的なそば店が多いだけにとどまらず、そば打ち名人の愛好家や生産者が多く存在する。
それも「そば王国」たるゆえんなのだろう。
山形県では各地にそば街道があるが、尾花沢市では「おくのほそ道 尾花沢そば街道」と称して現在9店舗が加盟している。
その代表を務めるのが国道13号沿いにある『手打ちそば たか橋』の高橋晃治さんだ。高橋さんは「原種最上早生」の取り組みにも尽力した人である。「最上早生はそばの香り、甘みともに強いのが特徴です。地元に素晴らしいそばがあるので、それで地域の魅力づくりをしたかったのです」と高橋さん。現在では加盟店全てで「原種最上早生」を提供している。
そばの品種を統一し、なおかつ大規模に栽培している地域は、全国でもほとんどないだろう。高橋さんの店には研修のため各地からそば関係者がやってくるという。
『手打ちそば たか橋』は自家製粉である。農協から仕入れた殻付きの玄そばを、磨きや選別をしてから、石臼2台で製粉している。店で提供するそばは「香りとのど越しの中に野趣も出したくて」殻付きと殻をむいた丸抜きを、ブレンドして挽いているのだそう。店ではそば街道加盟5軒分の粉を挽いているので、2台の石臼はフル稼働だ。
取材は新そばが出る前の時期だったが、二八のそばはコシが強く、奥に香りと野趣を感じるうまさが印象に残るものだ。貴重な「原種最上早生」の新そばの頃にまた訪れたいと思った。
おくのほそ道 尾花沢そば街道 の詳しい情報・店舗情報は
コチラ