写真=池上勇人、齋藤太一 TEXT=ナルトプロダクツ、鎌田ゆう子、編集部
創業から一世紀を優に超す老舗の鮮魚店に生まれ育った岩沼德太郎さん。長じて継ぐ覚悟のもと父である德衛さんに相対すると、「これからはすしの時代だ」と言われ、胸が躍るのを感じたという。
江戸前の仕事を身につけるため、銀座6丁目の「鮨 太一」と銀座7丁目「鮨竹」で親方直々の薫陶を受けること併せて11年半。両師匠の美しい仕事を自らの中で咀嚼し、いつかは師を超える唯一の店ならんと『鮨德』を開店したのがつい6月1日のことだ。
飯と魚、この2つのファクターにどんな仕事を施してどんなバランスの一貫に仕上げるかがすしの肝要であり、個性となるものだ。岩沼さんの握りを味わうと、そのことがとてもよく分かる。ガスの羽釜で炊くのは、角田市の農家・佐藤裕貴さんが丹精したササニシキ。やや小粒で粒ぞろい、割れや欠けをほぼ完璧に取り除いてくれるので、すし飯として最高の仕上がりになるのだ。酢はもちろん赤酢、塩をきっちり効かせたドライなすし飯が『鮨德』の土台だ。
酢〆のチダイは、軽くふんわりとした食感。握る前に軽く赤酢にくぐらせ、香りの一体感をより高めてある。ふわふわの身がはらはらとほどけるすし飯に絡まり、噛むほどにうまい。そう。岩沼さんの握りはすべて、噛むほどにうまい。種を上に口へ入れると、すし飯は舌の上でぱらりとほどける。すし飯には砂糖の甘さをほとんど感じないが、まろみ十分でカドがない。覆い被さる種の味わいを楽しみながら、硬めの飯粒を追いかけるように噛みしめてゆくと、あるものはとろけるように、あるものは染めてゆくように、またあるものはちりばめたようにすし飯との一体感を得てゆく。〆の手法や塩梅、塩や酢の種類なども、魚種やその日の魚の状態で変えるという。土台たるすし飯とそれぞれの魚本来の持ち味をどこで添わせ、どこにインパクトを持たせるか、おそろしく緻密な計算がなされているのだ。
たったひと口のすしに、他のどんな料理ひと皿にも負けない完成度。仕事はしてあたりまえ、どんな仕事でどんな味わいを生み出すのか、日々工夫を尽くす。そこに、江戸前たる『鮨德』の矜持がこもっている。
「今ハーブを採ってきたところなんですよ。」そう気さくに語るのはオーナーシェフの渡邊政也さん、石巻市出身の36歳だ。会員制リゾートホテルでフランス料理の基礎を叩き込んだのち、仙台の名店『nacrée』でセカンドシェフとして活躍。2018年からは秋保の古民家レストラン『アキウ舎』の立ち上げに携わりながら、“テロワージュ”を体現するシェフとして仙台市の観光政策事業にも多数参加してきた。そして今年1月、満を持してオープンさせたのがこの『arkua』だ。
コロナ禍の中、客が求めているものは“人と人とのつながり”なのではないかと感じていたという渡邊さん。「この店は料理が高級であるとか技術があるということよりも、お客さま同士、あるいはお客さまとシェフの交流が生まれる場所を目指しました」。その言葉通り、店内は個室もある静謐な空間ながらオープンキッチンの開放的な一面も有している。店内に配置された個々のテーブルは一卓にできるようデザインされており、大きな一つのダイニングテーブルにすることで客同士が和気藹々と食事を愉しむこともできる。一段低くレイアウトされたオープンキッチンは着席した客と目線が合うよう設計され、自然と渡邊さんと若きシェフたちのコミュニケーションに参加したくなる。
「僕も人とのつながりを求めるタイプ。一人で料理に向き合うよりも、チームで一つの料理を作り上げる方が好きなので、みんなに意見を求めながら進めています」
メニューはコースが中心で、渡邊さんが手がけるフランス料理をベースとした料理は自由闊達かつ変幻自在だ。それは前菜の鮎料理を見れば一目瞭然。「日本人としてのアイデンティティを大切にしたいという想いから、鮎のようにフランスでは用いられない素材も積極的に取り入れています」。
自由な発想は料理のペアリングにも及ぶ。ノンアルコールの需要やコロナ禍への対応も考慮し、通常ワインで行われる料理へのペアリングに日本茶の提案もしている。「一般的に流通している日本茶は茶商にブレンドされたものが殆どですが、素材の個性をしっかり生かすために単一農家や単一品種にこだわって佐賀県のうれしの茶を使用しています。品種によって味が、農家によって香りが異なり、ペアリングまで含めて可能性を感じさせてくれます」
調理風景を眺めていると、渡邊さんが若手シェフたちに頻繁に変更の指示を出していることに気づく。「その日に入った食材をベストな状態で召し上がっていただくためにどうすべきかを調理中も考えているので、よりよい形が見つかれば調理の途中であっても火入れやソース、付け合わせをどんどん変えていきます。だから再現性がないんです(笑)」
一見高尚な盛り付けも、額縁を器に見立てたり、ワイナリーからもらい受けたウッドチップを敷いてみたりと、遊び心満載だ。料理人でありながら、エンターテイナー。調理技術に依存しないそのしなやかさこそが、料理に斬新さと奥行きのある味わいをもたらしているのだろう。
「時間や空間や距離がどんどんシームレスになっていく世の中。まちづくりや観光政策事業に携わった経験から、“体験”に勝る価値はないと学びました。この店からお客様に食と空間を通した感動体験をお届けしていきたいですね」と渡邊さん。ひとときの憩いと高揚するひと皿との出会いを体験しに、ぜひ訪れてみてほしい。
丸森町大張にある、赤い鉄版屋根が目を引く一軒の古民家。歴史は古く、わかっているだけでも300年前まで遡ることができる。6年間の空き家を経て、2022年2月、レストラン『Es』として新しいスタートを切った。
「大張界隈に住む人たちは、みんな昔なにかしらの用事があって、この家に来ているそうです。昔を懐かしんで来てくれる人も多いんですよ」と話すのは、オーナシェフ・新村彰人さん。都内のフランス料理店などで研鑽を積み、丸森町に移住してきた。「出身地の北海道や、長野でも古民家を探していました。その話を知った宮城県の友人が、この場所を紹介してくれたんです。家の前に小川が流れていて、山があり、畑もある。庭でバーベキューもできるし、なにより生産現場が近い」と、この場所に決めた。
『Es』は、生産者と作り上げるひと皿がコンセプト。生産者の元を巡るうち、食材の持つ力に気づいたという。野菜一つとっても、土地によって、農園によって味が変わる。シェフの技術を真似することはできても、食材の持ち味を活かして料理をするには、食材そのものを理解しないと難しい。「生産地が近くなったので、日々勉強です。都内にいたときは、限られたフレッシュな食材でなにができるかばかりを考えていましたから」。店の看板である熟成牛も、生産者抜きには語れない。「とある牧場主さんが『食べられるために生まれてきた牛たちに、その人生をまっとうさせてあげたい』と熱く語ってくれたんです。その想いに応えたい」。店舗に隣接する熟成庫は3~4℃に保たれ、新村さんが肉の個性を引き立てる具合を見極め、適切な処理を施している。
料理はランチ、ディナーともにコースで供される。この日のランチコース、メインには福島県産の牛肉が登場した。聞けば、17歳の和牛で、「何千頭に1頭いるかいないか、と思わせるほどいい牛です」と新村さんは目を輝かせていた。味付けは塩、胡椒のみでシンプルに、焼き加減はもちろんブラック&ブルー。独特のナッツ香が心地よく、120gでもぺろりと平らげてしまう。
粗挽きの力強い噛みごたえのパテの脇には、地元在住・菅原さんが採った、こごみのピクルス。マナガツオのポワレには、上野農園のハーブを散らして。シメのカレーには、近くの棚田で生産されたつや姫を。丸森、県南の食材があちこちに使われている。食肉市場に丸森産の牛があれば、積極的に仕入れている。「レストランは食材の広告塔。メニューが言わば試食で、気に入ったらその食材をその場で買って帰れるよう、学生たちと一緒にマルシェを併設する予定です」。
新村さんの次なる目標は、飲食店をプラットフォーム化することだ。レストランは人が集まる場所だからこそ、磨き上げれば地域活性の一助となる。「いずれ、ここが丸森のハブとなって、外から遊びに来た人たちを町のあちこちに送り込みたい。そのためにも、町と一緒に魅力を深掘りしないと、ですね」。農村部にありながら、食の観点からその土地の魅力を発信する。『Es』ならきっと、やり遂げるだろう。
記事の内容はKappo119号(2022年8月5日発売)掲載の情報です。
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