写真=池上勇人 TEXT=川野達子
Kappo5月号の巻頭特集「東北とアート」の中から、4月22日(土)に春の展示が始まる、福島県猪苗代町の『はじまりの美術館』をご紹介します。
築140年余りの酒蔵を改修し、2014年に開館した小さな美術館。
郡山市を中心に障がい者を支援する社会福祉法人安積愛育園が運営している。
館長の岡部兼芳さんはかつて安積愛育園の支援スタッフだった。
利用者の創作活動を担当していたが美術を学んだ経験はなく、館長は美術の分野で経験を
積んだ人が就く役職というイメージもあり、就任打診を一度は辞退している。
「館長ということで招いていただく場が増え、勉強になったし繋がりもできました。
それに美術館ってどんなところ?とイチから考える館長がいてもいいのかなと、今は感じています」
活動の中心は年4〜5回のペースで開催する企画展。
障がいのある人や現代アート作家の作品などを中心に、独自の視点が印象的な企画が目白押しだ。
担当するのは岡部さんと学芸員の大政愛さん、企画運営担当の小林竜也さん。
また、2名のパートスタッフと共に設営や広報、受付なども担うため、既存の美術館に定められた展示・収蔵・
管理・研究といった原則通りの運営は難しい。「しかし美術館の役割はそれだけではありません」と岡部さんは言う。
「地域に存在する意義は〝結びつきの接点〞にある。出会いや共有、広がりが生まれるコミュニテイのハブになれたらいいなと思っています」
岡部さんたちは美術館をつくる段階から、美術館や町のことを地域住民と話し合う集まり「寄り合い」を続けている。
「『寄り合い』のメンバーは美術館のサポートをしたり、ワークショップやマルシェの開催に関わりながら、町や美術館を良くするために何が必要かを一緒に考え実践します」。
決して広くはない館内の3分の1のスペースにカフェを設置したのは、アートに興味がなくても気軽に立ち寄れ
る場所にしたかったから。
地域の人がふらっとやってきてスタッフと世間話をはじめる光景はとても新鮮に映る。
靴を脱いで展示室に入ることも新鮮な体験。
床材の木の感覚が足裏に伝わるからか肩の力は抜け、不思議と集中力が高まっていく。
この日開催されていたのは森陽香さんの作品展。
動物や魚の絵が多く、ダイナミックな構図と大胆な色使いで圧倒的存在感を放っている。
館内に置かれた車いす、紹介動画や年表などから、脳性麻痺のため足で描いているアーティストだと知る。
「企画によって館内の雰囲気は大きく変わりますが、触れる展示や体験コーナーなどを設け、鑑賞する方が自分ごととして楽しんだり考えたりできるよう心がけています」と大政さん。
「アートはどこか浮いたもの、生活から離れたものと解釈する向きもありますが、実はとても身近なもの。
障がいや福祉もそう。
実生活と地続きなものとして捉えてほしい」と話す。
既成概念が変わるきっかけになり、そして何かがはじまる場所であってほしい。
そんな願いを込めて『はじまりの美術館』。
「ここで完結するのではなく、福祉とアートが同居するこの場所が、豊かさや幸せが広がるはじまりになればいいな」と岡部さんは考えている。
開館から間もなく10年目を迎えるが、「美術館とはどんなところか、探っている途中」とも。
「次の企画展は『あいまいな あわいの まにまに』です。
曖昧さや境界をテーマにした展覧会です」。
新しい〝はじまり〞が、またはじまる。
4月22日(土)~7月9日(日)
※GW期間は休まず開館
出展作家:青野文昭、國久真有、砂連尾理+