写真=池上勇人 TEXT=ナルトプロダクツ
東北には、銘柄牛、ブランド豚はもちろん、地鶏や羊、馬肉など、その肉を目的に訪れたい名店と、食文化があります。各県の生産者や専門店、料理人が込めた肉料理への思いを汲み取りながら、うまい肉を求めて、東北を旅してみませんか? 今回は、Kappo9月号表紙の肉料理を提供している、岩手県盛岡市『Chez mura bleu Lis』をご紹介します。
店の名の通り、まるでシェフである村上知規さんの家に招かれたような。
エレガントで趣味のいい空間には、優しく穏やかな空気が満ちている。
盛岡で「むら八」といえば、知らぬ人のないとんかつの名店。
上田店のメニューが示すように、洋食店として始まった昭和12年創業の老舗だ。
創業者である村上倉蔵さんは、ロシア客船で料理人をしていたという。
なるほど、カツレツやビーフシチューといった今に連なるメニューの源泉は、ここにあるのだろう。
初代の味をその心ごと二代目である一夫さんが継ぎ、祖父と父の背を見て知規さんも料理人を志した。
しかし十代のある時、テレビ番組で出会ったフレンチシェフの姿とその料理に、彼は魅了される。
フランス料理を学び、「トゥールダルジャン東京」でドミニク・コルビ氏とフィリップ・ジェゴ氏の薫陶を受けた。
そして2013年3月、自宅を改装し『シェ ムラ ブル・リス』を開店。
大阪、フランス、東京と美食の都に住み、料理したからこそ、岩手の風土と食材の価値に改めて気づいたという。
ランチでも大人気のビーフシチューは、祖父の時代からのレシピをたえずブラッシュアップしながら、村上さんが『シェ ムラ ブル・リス』のスペシャリテとして完成させたもの。
あえてブランド指定せず、その時ごとに良いものを吟味して仕入れた岩手県産黒毛和牛のバラ肉を焼きつけ、低温のブイヨンでじっくりと煮る。
ソースはスネ肉とフォン・ド・ヴォー、鴨と鶏のブイヨン、赤ワイン、ルビーポルト、セロリを何日もかけて煮詰め、濾し、さらに煮詰めて。
ソースと肉を合わせ、特注した南部鉄器のキャセロールでサーブ。
蓋を開けた途端、たまらない香りが鼻腔に満ちる。
まるで琥珀色のビーフコンソメのような、純かつ玄妙な香り。
味わいもまた、香りの印象そのまま。
濃厚だが雑味なく、ひたすら牛の旨みに収束していく。
黒ワインとまで呼ばれるマルベックの特徴がよく出た「シャトー・ウージェニ」の凝縮感が、この深い味わいによく似合う。
豚肉もまた、佐助豚や館ヶ森高原豚といった県内の豚を仕入れごとに吟味。
「むら八」を長年支える目利きの達人もお墨付きの逸品だ。
低温でしっとりとジュを回すように火入れしたのち、南部鉄器でグリルしたリブポークは、噛むごとに旨みがじ
ゅうっと染み出てくる。
地元の米味噌とシャンパーニュで仕立てたフルーティーなソースに加え、「ジュリアン・ド・サヴィニャック」のフレッシュな果実味が第二のソースのように効いてくるだろう。
食材の生まれた地、すなわちテロワールを村上さんは大切に料理する。
だから自然と、食材の組み合わせや調味料にも岩手の風土が滲む。この地でなければ、そして村上さんでなければ、と、多くの人がこのレストランを目的に旅をする。
そんな唯一無二のフランス料理が、盛岡にはある。