写真=呉島大介 TEXT=編集部
東北には、銘柄牛、ブランド豚はもちろん、地鶏や羊、馬肉など、その肉を目的に訪れたい名店と、食文化があります。各県の生産者や専門店、料理人が込めた肉料理への思いを汲み取りながら、うまい肉を求めて、東北を旅してみませんか? 今回は、Kappo9月号から宮城県石巻市の『すき焼き 石川』をご紹介します。
港町・石巻に、3代続く老舗のすき焼き店がある。
『石川』は、1953年、中瀬近くの中央1丁目に創業した。
「親父が食道楽で、東京に勤めに出ていた頃に散々食べ歩いてたんだって。それで、『石巻にすき焼き屋がな
い』って言って、店を始めた。前の店は、数寄屋造りでね。2階建ての3部屋ずつで、浅草にある店みたいだったよ」とは、2代目・石川恵一さんの談。
2011年、東日本大震災で津波の被害に遭い、店は全壊。
「どうしようかと思ったんだけど、『石川のすき焼きを食べたい』って言ってくれる人がたくさんいたから」と、2013年に3代目となる息子・雅俊さんとともに再スタートをきった。
〝老舗のすき焼き屋〞らしからぬ、白を基調としたスタイリッシュな一軒家は、さながらレストランやカフェのよう。
出迎えてくれる石川さんたちのあいさつや語り口調は港町のそれで、アットホームな雰囲気に笑みがこぼれる。
『石川』のコースは、大阪の洋食店で研鑽を積んだ雅俊さんが手がける12種類の前菜から始まる。
石巻の魚介類をふんだんに用いた、冷たい前菜、温かい前菜が6種類ずつ。
素材も味付けも異なる。
1品の仕込みに1時間かかるほど大変なのに、なぜ?との問いに、「新しい場所に移ってから、道に迷う人
が増えたのが申し訳なくて。そうまでして来てくれて、ありがとうの気持ちで始めたんです。それが評判になって、辞められなくなっちゃった」と笑う。
主役のすき焼きには、「生まれてから70年、牛肉を食べてるんだから!」と言う石川さんも納得のロース肉ともも肉が登場。
その美しさに思わず息を呑む。
『石川』のすき焼きは、関東風とも関西風とも違う作り方。
牛脂を鍋に薄く伸ばし、しらたき、白菜、豆腐などの具材を炒め、それを覆うように肉をのせる。
その後、〝タレ〞と呼ぶ関東で言うところの割り下を回しかけ、肉が程よいピンク色になったところで「いい頃合いだよ」と声がかかる。
石川さんおすすめのロースは口の中でとろけるような舌ざわりと、脂の甘さが感じられる絶妙なタイミングだっ
た。
もも肉は程よいサシで柔らかく、仙台牛が持つ旨みを存分に感じられた。
コースでも1名から予約は可能なうえ、すき焼きとしゃぶしゃぶを半分ずつ楽しめたり、お腹の塩梅に合わせて肉の量をハーフにしたり、前菜は2人分でも、すき焼きを1人分にしてシェアできたり。
場所柄、車で訪れる人が多いため、運転する人を考慮してノンアルコールドリンクを充実させたり。
訪れる人すべてが楽しめるような心配りが随所に見られる。
「前よりもこぢんまりした店になったから、お客さんに目が届くようになったかな」。
石川さんの屈託のない笑顔につられて笑いながら、肉の頃合いを見計らっていた。