Kappo 仙台闊歩

SPECIAL 2021.03.09

【神様散歩 web版/仙台市秋保・慈眼寺】 大阿闍梨・塩沼亮潤さんに学ぶ、幸せな人生の歩き方

TEXT:三浦奈々依
フリーアナウンサー・神社仏閣ライター・カラーセラピスト。ラジオ番組にて15年にわたり、アーティストインタビューを担当。東日本大震災後、雑誌Kappoにて約7年にわたり「神様散歩」の連載を執筆。心の復興をテーマに、神社仏閣を取材。全国の神社仏閣の歴史を紹介しながら、日本の文化、祈りの心を伝えている。被災した神社仏閣再建の一助となる、四季の言の葉集「福を呼ぶ 四季みくじ」執筆。

POINT

コロナ禍で日常生活が一変し、価値観が大きく変化している今、話を伺いたい人のお顔が頭に浮かんだ。宮城県仙台市秋保に慈眼寺を構える塩沼亮潤さんだ。往復48㎞の山道を、雪で山が閉ざされる期間を除いて、1日16時間かけて歩く「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」と、9日間飲まず・食べず・寝ず・横にならずの「四無行」を満行し、大阿闍梨の称号を賜った。ひとたび行に入ったら投げ出すことは許されず、無理だと判断した時には、自害を持って終えるという過酷な行。成し遂げた者は1300年の歴史上、たった二人しかいない。孤独と闘いながら、来る日も来る日も一人で山を歩き続けた塩沼さんに、コロナ禍の今を幸せに生きるためのヒントをいただいた。

PROFILE

塩沼亮潤大阿闍梨

仙台市秋保 慈眼寺住職/大峯千日回峰行大行満大阿闍梨 1300年の歴史で二人目となる大峯千日回峰行満行 経歴/1968年 仙台市生まれ。1987年 奈良県吉野の金峯山寺で出家得度。1991年 大峯千日回峰行 入行、1999年 大峯千日回峰行 満行、2000年 四無行 満行、2003年 慈眼寺建立、2006年 八千枚大護摩供 満行

6年ぶりに秋保の地へ

車は名取川の深い渓谷に沿って旅館が立ち並ぶ東北屈指の温泉地を抜けて、山道へ。いつしか背の高い建物は見えなくなり、かわりにのどかな田園風景が広がる。仙台の奥座敷と言われる秋保温泉のさらに奥深い場所に慈眼寺はある。本堂へとまっすぐに伸びた石畳は美しく掃き清められ、一点の曇りもない清らかな空気に心が洗われるようだ。

普段着姿で微笑む塩沼さん。元気に毎日を過ごすための秘訣についてお尋ねすると、「湯船にしっかりと浸かりましょう。体の老廃物が流れ、体温を上げることで免疫力も高まります。3年ほど前にひどい風邪を引いたことがありまして。皆さんにご迷惑をおかけしてから、意識して湯船につかるようになりました」と、少し申し訳なさそうに微笑んだ。

Kappoの連載『みちのく神様散歩』の取材で仏教界のスーパースターとも言える塩沼さんに初めてお会いした日、「命懸けの修行を経て得られたものは何ですか」と質問すると、「人間、まるくなったかな。思いやりの心が深くなり、やさしくなりました」という言葉がかえってきて、一気に緊張がほどけたことを思い出す。

あれから約6年。この日は、普段着姿の塩沼さんが迎えて下さった。袈裟をお召しになっている時と、姿勢の良さと所作の美しさは少しも変わらない。通された部屋には「思い通りにならないことを楽しむ」と書かれた塩沼さん直筆の書が掲げられていた。

思い通りにならないことを楽しむ

「人生において、何故? どうしてこうなったのだろう? と追及したところで、答えは出ないと思うのです。いやなことに囚われず、環境に逆らわず、あるがままを受け止めて歩んでいく。渾身の力をふりしぼって、今日より明日、成長している自分と出合うために精一杯生きるだけです」と、塩沼さん。

命をかけて挑んだ千日回峰行は、人の力ではどうすることもできない大自然の中をただひたすら歩く行。季節や天候によって日一日と表情を変える山。木々がなぎ倒されるようなひどい嵐が来ようと、一日たりとも休むことは許されない。どんなに体調が悪かろうが、体に鞭を打って一人で山へ。

「下を向いてはいられない。じゃあ、どうやって乗り切ろうか」と、9年にわたり来る日も来る日も山を歩き続けてきた塩沼さんはまさに、思い通りにならないことを楽しむ達人だろう。新型コロナウイルスも、人の思い通りにならないという意味では大自然と同じかもしれない。塩沼さんが山の時間で感じられた思いから生まれ出た言葉に、今、勇気づけられる人がたくさんいるだろうと思う。

若い頃の苦労があってこそ、今を楽しめる

昨年末、台本なしで、2組のゲストがその時に話したい話題を自由に話すというラジオ番組で塩沼さんとシンガーソングライター久保田利伸さんが対談することになった。番組の中で久保田さんが、結果を出せると信じ、幼い頃からがむしゃらに頑張ってきたが、アメリカに来て頑張らないで流れに身を任せるからこそ、結果がついてくることもあると感じたと話すと、塩沼さんは、「私もそれが出来るようになったのは52歳、つい最近のことです」と答えたのだそう。

「人のためになりたい、自分を磨きたいと、険しい山道をしかめっ面をして、辛いことも無理にでも楽しもうと歩き続けた昔があるからこそ、今はただ人生を楽しもうという気持ちで生きるようになりました。そうしたら逆に、自然と色々なものが広がり始めました。ただ、若い頃は苦労をした方がいい。より高いものを目指して血が滲むような努力を重ね、がむしゃらに頑張る時があって初めて、人生を心から楽しめると思うのです」と、軽やかに言い切ったお言葉が印象的だった。

心は表れるもの

それぞれの人生に山の時間があると塩沼さんは言う。辛く苦しい山の時間の中でこそ、人生を楽しむ力が鍛えられているのだと思えば俄然、勇気が湧いてくる気がした。

「明るく生きるも、暗い顔をして生きるも、すべては私たち次第です。皆さん、心の中は目には見えないとおっしゃいますが、心は表れるものです。心と言葉、言葉と態度はつながっていて、誰もうそをつくことは出来ません。ですからどんなに辛く苦しい状況にあっても、笑顔を忘れずに生きていきましょう」と、塩沼さんは晴れやかに笑う。

どんなに辛くても苦しくても、笑顔こそが幸せを連れてくると信じ、毎日を明るい笑顔で満たしていく。思い通りにならないことを楽しむ。その心持ちに至るまでの道のりこそが山の時間、心を磨く立派な修行なのだろうと思った。

写真=菊地淳智

POINT

124年ぶりに例年より1日早い珍しい節分となった2021年、首都圏や関西圏では新型コロナウイルスの緊急事態宣言発令中とあって、慈眼寺では毎年行われていた本堂での節分祭護摩並びに聖杖加持と、全国から追い払われた鬼を改心させるという鬼の調伏式を中止することを決定。2日の午前三時から星供の儀がひそやかに行われ、コロナの早期終息と除災招福を祈願したお札が加持された。また、毎月第1、第3日曜日の13時から慈眼寺護摩堂において行われている護摩祈祷は堂内へ入場できる人数を制限し、全座席指定で対応している等、新型コロナウイルス感染拡大の影響は大きい。

最後のひと息まで攻めの姿勢で生きる

塩沼さんは死に対して、どのように考えていらっしゃるのだろう。

「死はいつか必ず訪れるものです。ある日突然、医者から病を宣告される。ある日突然、人生に死が訪れる。いつか病気になったら? 死んだらどうしよう?と、死を受け身で考えている人が多い気がします。それよりも自分の最後のひと息まで攻めの姿勢で生きていく、人生を心から楽しもうという前向きな気持ちが大切なのではないでしょうか。全人類に平等に与えられているものが、死です。地球の歴史から考えてみればたった100年足らずの命。つかの間の人生という夢を楽しまなくて、いつ楽しむのでしょう」という問いかけとも思える答えが返ってきた。

人生100年と考えれば折り返し地点を過ぎた今、「自分の死について考えることも多くなった」と塩沼さんは話す。最後のひと息まで人生を楽しみ、あとは生きた痕跡を残さず、すっと消えたいというご自身の死生観についてお話になった上で、「自分のひと言が誰かの生きる糧になってくれたら、これほど嬉しいことはない」と素直な思いを口になさった。

 

写真=菊地淳智

信仰とは、慈しみの心でもって生きていく慈愛の心

「悟りとか真理というものは人によって言葉の表現方法は違いますが、根本にあるものはすべて一緒だと思うのです。大切なのは信仰です。私が思う信仰とは、慈しみの心でもって生きていく慈愛の心。自分を含め、皆さんが幸せであるようにと祈る心。それが、すべての宗教の原点だと思います。その心があれば、世界中の人々が宗教や文化の垣根を越えて仲良くなれると思いますし、それこそが千日回峰行達成の先にあった私の夢であり、それは今も、これからも変わることはありません」。

環境に逆らわず、すべてをありのまま受け入れ、ウイルスだろうが鬼だろうが誰も悪者にすることもなく、調和をしながら明るく生きていく。自分を含め、世界中の人々が幸せであるようにと祈る。

塩沼さんが心に描く夢は、故郷を後にした10代の頃となんら変わっていない。

そして、想像を絶する苦しみを乗り越えた塩沼さんの生き方はどこまでもシンプルだ。

慈眼寺

住所
宮城県仙台市太白区秋保町馬場字滝原89-2
電話
022-399-5333
WEB
http://www.jigenji.net/
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